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ある死神は
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あの青空に祈りを捧げ 第28話


伊知郎は両親の援助を受けながら鈴歌と一緒に暮らしていた。伊知郎は近くの製鉄所で働き、鈴歌は子どもの面倒を見ながら家事をこなしていた。

大学を出たばかりの伊知郎の稼ぎはあまりよくなかった。両親に負担を掛けまいと頑張って働いているがそううまくはいかなかった。

それでも、『颯太』と名づけられた子どもはすくすく成長をしていった。


だが、颯太が小学3年生になると同時期に問題が再び発生した。

鈴歌の病気が再発してしまった。しかも、進行が進み『ガン』となってしまっていた。それだけでない、身体のいたるところに転移していた。これでは長く持たない。

それでも、鈴歌は家にいる事を望んだ。更に無理を承知で病院に入院はせず、抗ガン剤を使用しながら家事をこなしていた。

「ごめんね、伊ちゃん。私が病気だから、伊ちゃんが幸せになれない」

いつも言っていた。1日1回は聞いた。伊知郎は決まって『お前がいるだけで幸せだ』と言って抱きしめてやった。その度に伊知郎は心の中で謝っていた『俺は何も出来なくて申し訳ない』と。

鈴歌の中に潜むガンは日々力強くなっていった。その結果、1年するかしないかで鈴歌はほぼ寝たきりになってしまった。そのうえ、抗ガン剤の副作用と体力の低下により容姿は変わり果ててしまい、颯太は怖がって近づかなくなってしまった。今後、最期まで颯太と鈴歌は家の中にいながら疎遠な関係となってしまった。

伊知郎は鈴歌と一緒にいるより仕事を選んでしまっていた。鈴歌が望んでいたから……人のせいにしてはいけない。伊知郎は自分が生きるために仕事をしていた。誰のせいにしようが金が必要だった。

颯太、中学2年生。春。伊知郎・鈴歌37歳。鈴歌の身体は血の気はなく筋肉はほとんど落ち最早使い物にならないといっていいほどになってしまった。

そんな晴れた日に、鈴歌は言った。

「海が見たい。最期に2人きりで……」

伊知郎は黙って支度をした。仕事なんてサボってしまえ。そう思いながら支度をした。鈴歌には寒くないように・周りから変に思われないようにたくさんの服を着せ、ニット帽をかぶせた。伊知郎は軽くなってしまった鈴歌を背負って、歩き続けた。

1時間もしないうちに、浜辺に着いた。学生は学校に、サラリーマンは会社にいる時間だ。2人きりの海。砂浜にはごみが散乱し、海はにごっていて、決して綺麗ではないけれど、何処だってよかった。海ならば。

「海に着いたぞ」

鈴歌はゆっくり顔を上げてうっすらと目を開けた。うつろな目だったが、ダイヤモンドのように光り輝いていて、伊知郎はこれ以上の宝物はないと思うほどだった。

「ごめんね。私の勝手で仕事を……」

「いいんだ。1日くらい」

伊知郎は鈴歌の手を軽く握った。活気がなく青白い指。骨と皮しかないが綺麗だった指。伊知郎は握り続けていた。

「最後に、一言だけ言わせて」

伊知郎は黙って、うなずいた。


『――伊ちゃんも颯太も好きだよ。そして、私の変わりに颯太を幸せに……』



鈴歌の力が完全に抜けた。伊知郎は海辺で1人声を上げないように泣いていた。後悔の思いのほうが強かった。もっと、幸せに出来なかったんじゃないかと。


――最後まで、ごめんな。

*

どれだけ時間が経ったのだろうか……ずっと、テーブルに顔を伏せていた。俺は颯太を幸せにしてやっているのだろうか……今からでも、遅くないかな。

突然、家のチャイムが鳴らされた。
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