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小説(二次創作)
メルト
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ある死神は
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せくすちぇんじッ! 第6話


   *
 
「……ふう」
 湯けむり立ち上る浴室。
 自宅に戻った私、西沢春香は湯の溜まる浴槽へと身をつけている。
 水位は胸の辺り、足を伸ばすほどは広くない浴槽で膝を曲げて座っている。
 膝小僧が湯から飛び出しまっている。
 腕を上げれば、水の跳ねる音が反響してどことなく雰囲気を醸し出し、腕に纏う湯はすぐに湯船へと戻っていく。
 上げた腕で、もう片方の腕をこすり、ため息のようなものを吐き出す。
 このむず痒さと、汚れが落ちていくこの快感。湯の温度に体温が上がり、それが更に高まっていく。
 湯気が身体の局部を隠し、隠れ見ようとするのもは悶え苦しむがいい。
「さて、これで興奮をする者がどれだけいるのだろうか」
 しかし、私は女であるとともに、

 ――身体が男になっているということを忘れてはいけない。

 誰が見るでもなく、ただ一人そのような考えを巡らせている。ただそれだけだ。
 学校の生徒会室。あの部屋で私の身体は男の身体へと変化し、東條秋斗という存在にへと変わった。
 もう一人、北見冬樹という後輩もまた女性へと変化した。
 そして、残りのメンバーも性別が変化し、そのことを自覚していなかった。まるで、元々そうであったかのように。
 自覚していないことが"本来"であれば、私や北見少年はそれから外れてしまったということになる。
 生徒会の活動を打ち切り、帰宅するのは良かったが、もしかしたら変えるべき家も変化してしまっているのではないかという心配があったため、帰宅後に再び北見少年と落ち合うことにした。
 もし、帰るべき家が変わってしまっていた場合、その場所の記憶などは持ち合わせていないため帰る家がなくなってしまうからな。
 結果として、家の場所は変わっていなかった。それでも、周りはこの変化に気がついていない者ばかりで居心地が悪いだろうから、北見少年と合流した。
 南高校の学生がよく使うファミリーレストランで待ち合わせと夕食を同時に済ませた。
 そこで、一つ北見少年に頼みごとをされたので、快く引き受けた。
「……っと」
 そろそろ、頭がクラクラしてきそうなのであがろうか。
 湯船から身体を離脱させ、脱衣所で身体をふく。
 案外、男性の"ツイてる"物というのは邪魔なものだな。女性の胸に比べれば十分小さいがな、はっはっは。もっとも、胸も小さくて悩んでいる者もいるようだが。
 身体をふき終え、床においてあるパジャマを着ることにしよう。
 クローゼットの中には、一式揃っていた。女性物の下着から男性物の下着へと変わっていたのだ。
 元々私が男であったかのようなセッティングだった。
 他の服も男性物になっていたようだが、私の趣味が男性の服に近かったからか、あまり差を感じることは出来なかった。
 どちらにせよ、服を新しく買いに行く必要がなかったので助かる。特に下着はそのまま流用するわけにはいかないからな。
 パジャマを身体を通して着る。
 ふむ、余計なものが少ない分、この身体の方が動きやすそうだな。
 実感してからリビングへと向かう。
 コンクリート製のマンションの一部屋。狭くも広くもない。
 そして……、
「北見少年、風呂が空いたから入るがいい」
「あ、はい。ありがとうございます」
 リビングのソファに座って、テレビを見ている女性の身体となった北見少年の姿。
「すみません。無理言った上に、お風呂まで……」
「いやいや、気にすることはない。それに、今は女性の姿なのだから、なおさら綺麗に保っておかないといけないだろう」
「ははは……」
 元気なく苦笑を返す少年。
 そう、北見少年の要望とは今日一日、私の家に泊めてほしいというものだった。
「もっとも、私も安心できるし、少年もそうだろ?」
「はい……そうですね。家族がみんな、別人みたいですし、居心地が悪くて」
 私は一人で住んでいるので問題ないのだが、家族で住んでいるとなると、私でも落ち着けないだろう。
「理由はつけてきたのかい?」
「はい、それはバッチリです。生徒会の仕事が終わらないからと理由つけてきたので」
「それなら、いいだろう」
「ありがとうございます、会長」
「気にすることはない。自分の家にいるかのように振る舞ってくれても構わないさ」
 コンクリートの壁や天井で灰色基調の部屋。装飾して、色味を出してもいいことになっているが、そのままなのは私の趣味だ。一人なので、文句を言う人間は誰もいない。
 女性らしからぬ趣味だからこそ、衣服に関しては全く戸惑わなかったわけだ。
「それよりも、風呂が冷めてしまうぞ」
「そうですね。ありがたく入浴させて頂きます」
「行ってくるがいい。必要な物は全部揃ってるからな」
「はい!」
 私とすれ違って、洗面所へと向かう、が。
「女体を存分と味わうがいい!」
「……」
 あ、立ち止まってしまった。
 洗面所と廊下の真ん中、そこで固まってしまったパソコンのごとく動かない。
 顔はずっと風呂に入っていたかのごとく真っ赤になっていて、これから入浴しようとする人間には見えない。
「なかなか、拝めないものだぞ」
「いやいやいや、意識しないようにしてたのに、なんで思い出させるようなこと言うんですか!」
 そうだったのか。でも、折角なのに、異性を意識しないなど勿体ない。
「ほら、この胸の膨らみが素敵だとは思わないかい?」
 ティーシャツに長ズボンというシンプルな私服を着ている少年。だが、シンプルなだけに、出る部分は隠せていない。ただ、そこまで大きくないのでさり気ない強調程度であるが。
 その胸を容赦無くつついている。
「ひッ……ひゃあ! 何するんですか!!」
 怒られてしまった。
 投げられたパジャマの塊を片手で弾いて、ニヤニヤと少年の顔を見つめてみる。
 赤ピーマン色から赤トマト色へと変わっていくという表現はおかしいか?
 赤からさらに真っ赤に顔を染め上げている。
「会長の変態! スケベ! エッチ!」
「いい響きだ!」
「もう知りません!」
 バタンッ。
 あー、閉められてしまったか。
 鍵も閉められる音がしてしまったし。少し遊びすぎたか。
 ……だが、パジャマを忘れているぞ。少年。
 こうしたやりとりで、私を救ってくれていることに少年は気づくことは無いだろう。
 ドアを挟んで向こう側から初めて見る女体に苦悶する声を心地よく聞きながら、私はリビングへと戻る。
「ふふふ……」
 二人か三人座ることのできるソファ。少年が座っていたのと同じ場所に私は座る。
 ああだの、ぎゃあだの少年の慌てている姿が頭に浮かぶようである。
「さて」
 東條秋斗。これが今の私の名前であり、現在の世間一般に認識される存在である。
 男になりたいと常々思っていたのは確かであるが、本当になってしまうとまでは誰が思うか。
 そして、なぜ私と北見少年だけが変化を自覚していたのか。どうしてもそれがわからない。
 ただ、一つ言えることはあの瞬間に私はより強く男になりたいと思った。それが引っかかった。
 野蛮な輩から、生徒を守るためであれば身体的に優れているであろう男性になった方が都合がいい。そう思った瞬間であった。
 身体が浮き上がるような感覚がし、次の瞬間には周りの面子が別の人間になっていた。
 自分が異性の身体になり、周りが自分の知らない人間になったなんて発狂モノなんじゃないかと、今ふと思った、が私も少年もそんなことがなかったので、以外につきつけられてしまえばそうでもないのかもな。
「ふう……」
 別に賢者になろうとはしてないさ。
 ただ、この広すぎる部屋にため息が出てしまう。
 高校生の一人暮らしにこんな部屋をあてがうとはな。
 コンクリートの壁の、畳にして六枚は余裕で敷ける部屋。廊下を出て洗面所に風呂場、後は台所。さらに寝室が一部屋あるという、一人で暮らすには広すぎる。
 用意してくれたのは私の父親。
 重役に就いているようで、ほとんど家にいることがなかった父。
 お陰で経済面では、幼い頃から困ることが一切無く今までやってこれた。むしろ、一人暮らしにここまでの部屋を用意するのだから金銭感覚が狂ってるとでもいえようか。
 それを止めもしない母親。
 家事はちゃんとし、実家は常に清潔に整頓されていた。
 しかし、子どもとの距離の図り方を知らなかったのか、私との距離は随分と離れていた記憶しかない。
 仲が悪い訳ではないが、必要以上に接してくることはなかった母。
 両親が共々、私に接することがなかったため、休日には一人で黙々と自室で本を読んでいることが多かった。
 周りのクラスメイトが旅行に行ったという話を聞けば、少なからず羨ましくは思った。
 思ったが、父は家にいない。母とはすでに距離が離れすぎていた。
 寂しい幼少時代だった。
 高校受験でも、クラスメイトは親とよく相談していたようだが、私は全て一人で悩んだ。経済的には一切困っておらず、金銭面では両親に助けられたが、ただそれだけだった。
 それが両親に愛想を尽かした瞬間でもあった。
『一人暮らしをしたい』と、両親に相談したが反対なんてされなかったよ。母親からは「勝手にしろ」と言われるほどであった。父とは会話もロクにしなかった。住まいと仕送りは確保してやるという内容だけだったと記憶している。
 一人暮らしのできる高校を探し、私のレベルの数段下の高校に受験し、今に至る。
 一年の時には冷淡な人間だと言われ、近づかれもしなかったが、何しろ勉強はできたのでそこから人が集まり、気がつけば生徒会長にまでなっていた。
 こんな性格だし、生徒会長になったのだから男という性に憧れてしまったのかもな。
 ……実際、男になってしっくりとしていないといえば嘘になる。が、細かい部分で色々と違和感を覚える。例えば、下の部分とかな。
 男になれた。のは確かだ。でも、この状況は誰かを利用して男という存在になっているに過ぎない。
 では、西沢春香はどこに行ってしまったのか?
 存在はあり、誰かが私の身体を使っているのか、それとも存在すらしていないのか。
 そして、私は私で在り続けることができるのか。いずれ、東條秋斗として存在に飲み込まれてしまうのか。
 それが怖かった。
「……会長?」
 その時、背後から少女の声が聞こえた。
 振り向けばバスタオルで前面を隠す少女の姿がそこにあった。顔は相変わらず赤い。
「ああ、北見少年か。パジャマは足元だぞ」
「知ってて置きっぱなしにしたんですか!」
「いやいや、鍵かけちゃうから放置せざるを得なかったのだよ。別に、少年の身体が見たいわけじゃないよ」
「……」
 ははは、怒ってる怒ってる。
「いいから、むこう向いていてください!」
「わかったわかった」
 促され、ついてないテレビの方に顔を向ける……おや。
「ははは」
「ああああああ!!」
 少年も気がついたか。
 テレビの画面が鏡のように、少年を映し出しているのだよ! そこに映るは、バスタオルを床に落とした一人の少女の全裸の姿。
「会長の変態! 男性になって、磨きがかかってます!」
 確かに、少年だった北見少年に色々としていたのは認めるが、変態とまで言われることはしてないはずだったんだがな。
 全てを回収し、洗面所に戻っていってしまった少年。
 衣擦れ音に胸が踊りそうになるが、一つだけ聞こうか。
「少年」
「な、なんですか!」
 ドア越しに、部屋越しに聞こえる少年の声。今は少女の声だが、それでもいい。
「西沢春香は、確かにここにいるよな」
「ええ、いますよ。こんなことをするのは、どんな姿でも会長あなた一人です!」
 その言葉を聞いて、少しだけ安心をするよ。また、少年に救われた。
「そういうツッコミを入れてくれるのは北見冬樹、君だけだよ!」
 それでいいのか。それでいいか。
 自分がここにいることを、感じてくれる人間が一人いるだけで心強いものだな。
 それとともに、

 ――この状況を楽しもうではないか。

 と、思えるよ。
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